ロゴ
《コーチング・ブログ》--------岩手県盛岡市在住のパーソナル・コーチ 平野順子が、コーチングやセミナーの活動を通して、心に触れたこと、目に留まったものを、徒然、気ままにお伝えします~。
[72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82]

s-IMG_0491.jpg少しずつ暖かくなってきましたね。本日、な~んと、桜が咲いているのを発見してしまいました~!私の知る中で盛岡で一番早く咲く桜、肴町の栃内病院前の桜です~。

今年の桜は本当に感慨深いですね・・・。あ~こんな年でも桜は咲いてくれるんだな~って思ってしまいました。多くの人が桜を見て、それぞれのいろいろな思いを持つんだろうと思います。何事もなく花を咲かせる姿に切ない気持になってしまう人、逆に希望を感じて勇気づけられる人・・・。被災地の人はどんな気持ちで桜を見るのか・・・。

先日、被災地に親戚がいるという友人からメールをもらいました。現地の人と向き合う時に気を付けたほうがいいことはなにか?という質問でした。まがりなりにもコーチ・カウンセラーとしてコミュニケーションを通して人を支援する仕事をしていますので、そのような質問をされることもあるかな~とは思います。でも、質問をされて、うむ~~って悩んでしまいました。

なぜか・・・?今回の震災を経験して、同じ桜を見ても、人によって全く異なる感覚を受けるだろうな・・・と思うのと同様・・・です。ちょっとした人の対応でも、被災者の置かれている状況や背景によって全く異なる捉え方をされてしまうことがあると思うのです。たとえ良かれと思ったことでも迷惑になってしまったり、平時では普通の対応であったとしても傷つけてしまったり・・・。心のケアなんて安易に言いますが、そんな簡単なことではないだろうと思うわけです。

悩んだあげく、私が友人に答えたことは・・・。
究極のところ、相手の本当の辛さ、苦しさ、哀しさは、本人でなければわからない、という前提で話を聴く。
そして、何かの役に立ちたい、支援をしたいとい気持ちがあるということは大切ですが、その人の人生はその人にしか生きられない。他人がしてあげられることなんて本当に微々たるもの。基本、何もしてあげられない前提で、謙虚な姿勢で話を聴く。
あとは、その本人が自分の力で生きていけるようになることを信じるだけです。どんなに嘆き、悲しみ、今は生きる気力すら沸いてこない人も、心の奥底では、生きたいと思っているはず。私は、それを信じたい。


友人のおかげで、私の自分の姿勢を確認することが出来ました。いつか、春になって咲く桜を見たときに、すべての人が綺麗だな~って幸せな気持ちになれる日が来ることを、信じます。

IMG_0486.JPG我が家の窓から見える、川岸にある柳が芽吹いてきました。この1ヶ月ちょっとの間、外の風景に目を向ける精神的余裕がありませんでしたが、気が付けば、自然はいつもどおりのペースで移ろいでいます。地震が起きて、津波が押し寄せたもの自然現象、柳の木が芽吹くのも自然の営み、なんだか複雑な気がします。

5月から市民向けの公開講座として「コーチング基礎講座」と「ファシリテーション基礎講座」を組んでいました。震災前からある程度のお申し込みがありましたが、震災を受けて、予定通り開催できるのか不安に思っていました。すでにお申し込みをいただいた方も予定通り受けられる状態なのかどうか・・・。またさらにお申し込みが増えるのかどうか・・・。会場のアイーナも、3月中は閉館していて、4月の前半も昼間のみの開館となっていました。

幸いにも、アイーナは4月中旬から平常通りの開館時間になりまして、一安心。お申し込みも、多少、キャンセルの方もいらっしゃいましたが、新たなお申し込みもいただきました。おかげさまで、特にも「コーチング基礎講座」のほうは、すでに定員に近い状態で、当初の心配をよそに、大変ありがたいことです。中には、この震災を受けて受講を決意しました、と言ってくださる方もいて、私は私の専門分野で社会に貢献できることがあるんだと、使命感のようなものを感じたりもしましました。

私が、講座の開催を迷っていたとき、相談した友人に言われました。「以前と同じように開催することに意味があるんじゃないかな・・・。」その通りだと思いました。迷う必要ないな・・・と。

もちろん、未だに元の生活なんて考えることすらできない方もいらっしゃると思います。柳の木が芽吹くように自然に元に戻るわけではないですから、大変なエネルギーがいると思います。でも、戻せるところは、戻していかないと、復興は始まりません。

沿岸の方のご苦労をいつも心に置きつつ、5月からの講座、自信を持って開催します。

昨日から、本年度の専門学校の講義が始まりました。3年前から、盛岡の医療福祉専門学校でコミュニケーション関連の内容の講義をしています。今年で4年目です。今年は、週に、心理福祉学科で1コマ、介護福祉学科で2コマを担当しています。

昨日は、担当する3クラスがすべて初回。すなわち、すべてのクラスで私の自己紹介とオリエンテーションをすることになります。同じ内容の自己紹介を3回続けて・・・。自分の現在の仕事、以前の仕事、その仕事に就いた理由、仕事を変えた理由、この学校で講義をし始めたきっかけ・・・などなど。さすがに3回も話していると、自分の過去に飽きちゃうみたいな・・・(笑)。

それにしても、思い起こせば、この学校で教え始めるきっかけは、新聞記事。4年前、岩手日報にて私の転職から現在の仕事について紹介していただく機会があり、その記事を見た学校の先生から、学校で講義をしてほしいとのお声がけいただいたのでした。そのご縁で、それ以後、毎年講義を担当するようになったわけですから、感慨深いものがあります。

明日から2日間で行う、盛岡北高校の新入生研修も、今年で2年目です。継続して関われるというのは、ありがたいことですね。明日もまた自己紹介から始まりますが、新たな気持ちで行きたいと思います〜。


昨晩の地震で、再び停電に見舞われましたが、無事に復旧しています。
余震が少し収まってきたかな~と思っていた頃だったので、またか・・・と少しガックリくる感じがありましたね・・・。

それにしても、慣れというか、経験とは恐ろしい?素晴らしい?もので、停電になった後の動きといったら・・・。ラジオをつけ、ガスが出るかを確認して、水を汲み、懐中電灯を配備して・・・。チャキチャキと非常時体制に変更。夜中だったこともあり、1時間ほどラジオで状況の把握をして、あとは寝るしかないな・・・と、布団に入ったらわりとすぐ寝れちゃったりして。たくましくなったものです。

翌日、朝起きてもまだ停電のままで、前回と比較して様々な状況を総合的に判断するに、今日中には復旧しそうだな・・・と。あとは、いつもより厚着をし、ひたすらじっとして本を読んでました。

光が取れるように、窓辺で本を読んでて、ふと、窓の外を見ると・・・。新幹線の架橋の上を作業員の人が歩いています。そっか・・・あの人たちは、ず~っと歩いて線路の安全確認をするのか・・・。そうだよね・・・。誰かは確認しないといけないもんね・・・。

こうしてじっとしてれば、そのうち電気も復旧するだろう、なんて思っていたけど、こうやっている間にも、もちろん電気の復旧作業をしているしている人がいるんですよね・・・。当たり前なんですが、生で見ていないと、そのことを忘れてしまうときがあります。大変申し訳ありません・・・。

この災害で、いろんな人が、精一杯働いていますよね・・・。残念ながら、社会全体に受けた痛手があまりに大きく、なかなか埋まらないので、ついつい頑張りが足りないような気がしてしまいます。でも、そんなことはない。

ありがたいことに、盛岡では、半日で電気が復旧しました。復旧後、すぐにお店も開いて、給油もできたし、スーパーで買い物もできました。そこに尽力してくださった方に、心から感謝します。

年度末の3月に震災に見舞われ、先月は、とにかく心を痛めながら、まず命を守ること、そして、いくらかでも苦しみが軽減することに必死になっていたような気がします。

まだ苦しみや悲しみの真っ只中にいる人、苦しいながらもちょっぴり顔を上げた人、少し冷静に日常に戻りつつある人、様々な人に思いを馳せながら、気がつけば年度が替わりました。災害の復旧、復興に区切りがあるはずはないのですが、年度が替わり、専門学校の講義がスタートするとの連絡を受けたり、5月、6月の研修の依頼がきたりすると、少し不思議な感じがする一方で、やっぱり元に戻らなきゃいけないんだ、という決意のような気持ちが湧き上がってもきます。

先日、被災地の方のお話を聴いてきました。驚くことに、その方が真っ先にお話をしたのは、被災してからこれまでの辛い体験ではなく、これから将来への不安でもなく、今、何をすべきか、というお話でした。私がお話を聴いた方が、たまたまとても強く前向きな方だったのかも知れません。被災したすべての方が、そうあれるとは思っていませんし、そうあれなければダメということでも、決して、ないです。でも、純粋に、すごいなと思って聞いていました。

その方が、津波に遭ってから何日も避難所で過ごした体験が、辛くないはずはありません。職場が流され、未来に対する不安がないはずもないと思います。それでも、今、できることを考える。余裕はないかもしれない、ぎりぎりの状態かもしれない、それでも、今、できることを・・・。言葉にならないほど、すごい敬服して、ただただ頭が下がりました。

私が、直接津波に遭ったわけではないのに、過去に引きずられて悲しんでいる場合ではない。失ったものもさほど大きくないのに、遠い未来を不安に思っている場合ではない。少しだけ先の未来が今よりもより良くなることをイメージして、今、できることを考えよう。そして動こう。仕事だったり、街づくりだったり、人と会うことだったり、本を読むことだったり・・・。何でもよいから、今・・・。

今日は記念すべき日。43年岩手医大に勤務した母が定年退職をした日。43年か・・・我が母ながら心から敬服し、お疲れ様と言いたいですね。そして、私にとっても少しばかり記念すべき日・・・。6年間勤めた岩手医大を退職したのが6年前。つまり・・・今日で、以前の研究者としてのキャリアと、コーチ・研修講師としてのキャリアがイーブンになり、明日からは逆転する、ということです。

地震がおき、直接津波の被害にあった沿岸地域のみならず、その影響で経済活動が止まりました。多くの企業が何かしらの影響を受けていると思いますが、個人で仕事をしている私ももちろん同様です。3月中の就職ガイダンスの仕事はほぼ全部キャンセル。4月以降にすでに入っていた仕事も保留になったものがいくつか・・・。いくらコーチング思考が身についているとはいえ、さすがに不安にもなりますね・・・。このまま仕事がこなかったらどうしよう・・・。生きていけなくなったらどうしよう・・・。


では・・・6年前の私は?コーチングの勉強は研究の仕事を辞めてからスタートしましたので、コーチングのスキルは、ゼロ。少しの蓄えはあったものの、もちろん収入はゼロ。研究という狭い人間関係の中で暮らし、ビジネスとはおよそ無縁の世界にいた私ですので、独立して一人で仕事をしていく術など知るはずもなく・・・。我ながら、よくやってきたな~って思います。

あの頃の私に比べれば、今の私のほうが十分にやっていけるものを持っているはず。全然、大丈夫なはず。災害の影響はあるにしても、仕事が全く入っていないわけではなく、それだけでも本当にありがたいことです。極端な話、今から新しい仕事をゼロから始めても、6年後にはちゃんと成り立っている可能性だってあるはずなんです。なのに、弱いかな・・・、失うもの、失ったものを意識すると、不安がどんどん募る・・・。

またゼロから始めるつもりで行けばいいですね。~~だったはず、なんて予定された未来があるわけではない。そして、この6年間、たった一人でやってきたわけではない。とても多くの人に、信頼していただき、愛され、お世話になりました。本当にありがとうございます。

ちょうど私にとっての節目の6年です。また感謝から始めよう。

明日、震災後、初めて就職ガイダンスの仕事があり、横手に来ています。震災以降、岩手、宮城のガイダンスは全部中止になり、今シーズンはもう入れないかな~と思っていたのですが、最後に1度だけでも入れてよかったです。

そう、思い起こせば、地震のときは北上で就職ガイダンス中だったんでした。60名ほどの高校生と一緒に。それを思うと感慨深いです・・・。復旧したこまちと奥羽本線を乗り継いで横手まで来ましたが、電車も震災前以来です。

自分の生活がちょっとずつ元に戻っていく一方で、津波の被災地は・・・。
これまで、盛岡で物資輸送の後方支援をしてきましたが、水曜日に、初めて現地に行きました。釜石から南下して、大船渡、陸前高田を回ってきました。マスコミのカメラが入り、現地の光景はずいぶん報道されていますが、特にも陸前高田の状況を見た時の感覚はなんと表現したらよいのか・・・。。本当に街一つが丸ごと何もなくなっている・・・。そして、今は穏やかな海・・・。悲しみとか恐怖とか、そんな感情が湧きあがるよりも、感情が丸ごと持っていかれるような・・・。津波に街が持っていかれたように・・・。

これまで、ニュースから流れてくる映像を見て、現地を思い、とにかく私にできることは何かとあれこれ考えながら過ごしてきました。そして、物資を送る活動も、親切の押し売りになって逆に迷惑にならないように、現地の情報を細かく取り、その要望に合うものだけを届けるということに心を配りながら行ってきたつもりです。でも、現地に行って、何にもない光景を見て、ただただ被災者が必要な物資を送っているだけでは、復興支援にはならないと感じました。

あの光景を見て、住民の方は何を思うだろう・・・。今はあまりに苦しくて、見ることすらできない人もいるだろう・・・。悲しみで泣き崩れる人もいるだろう・・・。茫然と立ち尽くす人もいるだろう・・・。そのあとは・・・。自分の大事な人を探しに行く人もいるだろう・・・。自分の思い出の品をがれきの下に拾いに行く人もいるだろう・・・。避難所で辛い時間を過ごす人もいるだろう・・・。辛い気持を紛らわすために他の人ととにかくお話しする人もいるだろう・・・。せめて他の方の役に立てればとボランティアを始める人もいるだろう・・・。すでに友人知人を頼って他の場所で避難生活をしている人もいるだろう・・・。誰が強いとか弱いとかではなく、すべての人が間違いなく自分と闘っていると思います。

状況としてあまりに過酷。もちろん、今後はさらに周りの支援、援助も大いにいるでしょう。でも、あの街を見て、街をどのように復興したいかは、その街の人にしか決められないと思いました。すでに死者、行方不明者が多数出ている中で、今後、他の街に移住する人も多く出てくるかもしれません。産業が復興しなければ雇用がありませんから、生きていくためにはそれも仕方がないことです。残った人でも、元の通りに街を戻したいと思う人もいるでしょう。あるいは、流された地域には絶対に建物を建てたくないと思う人もいるでしょう。住民の数だけ、それそれの考えや思いがあるはずです。そして、どんな選択をした人も、責められるようなことは何もないと思います。

そのようなことを肌で感じて帰ってきました。
今後も支援の活動は続けますが、現地を見るまでは、何かしなきゃ、何かしなきゃという思いばかりが前に出ていたような気がします。今は、まず、自分がしっかりと立つことの大事さを感じています。

震災後、仲間と被災地に物資を送る活動をしてきましたが、私は盛岡で連絡係のような役目をしていました。現地に物資を運ぶ仕事は、力仕事も多いし体力がいります。お世辞にも体力があるとはいえない私が現地に赴くのは適任ではないから、後方支援に回っていました。

震災後、被災地の状況は日々刻々と変化をしています。いろいろな方面からの支援があり、物資の支援はだいぶ届いてきていると感じます。
では、これからは・・・?
被災地の人に何が必要なのか・・・?

昨日、震災後初めて、沿岸にお住まいのクライアントさんとのセッションがありました。もちろん、細かい事情はここでは述べられませんが、自分も含め、身近な人がみんな生きていることへの感謝の気持ちがある一方で、失ったものもあるわけで、将来への不安をお持ちだということを強く感じました。これは、たぶん、すべての被災者が同じなのだろうと思います。

最近、考えることですが、悲しみや苦しみは他人や、何か他のものと比べられるものではないです。その人の中には、歴然と存在しています。生きていただけでありがたい、でも、家が流されたり、会社が流されたりした事実がなくなるわけではありません。家を流された人に比べれば、まだ家が残っている自分は幸せだ、って思ったとしても、他に失ったものがあれば、やっぱり辛いものは辛いんです。

人を支援する仕事をする立場として、あるいは、ただ一人の人間としてなのかわかりませんが、明日、沿岸に行ってきます。その上で、自分がこれからできることが何かを考えていきます。

この災害で、自分を責めてしまっている人がたくさんいるような気がする。

地震のあと、友人の助けで盛岡に戻れた私が、まず心に決めたこと。こんなに困難を抱えた人が膨大にいるなか、私自身がなるべく人様の迷惑や負担にならないようにしよう。仕事、生活全般において、まず自己責任、自己完結。

そう思い、ガソリンを節約しながら自転車でスーパーを回る。そして、スーパーの長い列に並ぶ。そこで、ふと思う。私はこの並んでいる人たちと争っているのではないか?私が並ばなければ、もう一人、食糧を得られる人が出るのではないか?

最初の3日間くらい、消息不明な知り合いの命を案じながら、自分の命さえ投げ出さないと申し訳ないくらいな心境になってみたり・・・。支援のために何もできない自分を情けなく思ったり・・・。でも、やっぱり自分は生きていかなきゃいけないしと言い訳するように、先を争うように必要なものを探して回る自分もいたり・・・。

そんな状態でいるときに、陸前高田のクライアントさんが生きているという情報が入った。まだ未確定な情報でありながらも、なんだか一筋の光が見えたような気がして、今、自分にできる支援をしていこうと思った。気持ちはね・・・。

手探りだけど、仲間と実際に動いてみて、いくらかでも自分にできることがあると心理的に軽くなるのを感じた。でも、その一方で、できることの小ささを知り無力に思ったり、自分が安全な場所にいながらにして支援をしていることを卑怯に思ったり、やっぱりそんな心境も湧き上がる。

私はまだ現場に行っていないが、現場で支援している人は、こちらでは想像を超える心理でいることだろう。そして、被災者の人はもっと・・・。地震の日、こうしていれば、ああしていれば・・・。あの人にああしていれば、こうしていれば・・・。

自分を責めても何も変わらない。頭ではわかっている。でも、沸きあがる、「どうしてこんなことになったんだろう・・・。」「どうして何もできないんだろう・・・。」わかっているはずなのに・・・責める問いかけが浮かんでくる・・・。

きっと、今、そんな人で溢れいてるだろうと思う。
みんな、自分を責めないでほしい。
必死に生きている。必死に誰かの命を守っている。誰かのために自分の命の時間を使っている。自分ができることをしている。自分のものを提供している。何かを我慢している。誰かを応援している。誰かを心配している。
誰のせいでもない。みんな頑張っている。それぞれ十分頑張っている。大丈夫。
そこから始めよう。
自分に言い聞かせるメッセージ。

ほうぼう、いろんな方から安否確認のご連絡をいただき、ありがとうございます。
平野順子、無事です。

地震の瞬間は、北上市内の施設でガイダンスの最中で、高校生60名といました。おどろくことに、高校生たちはとても冷静で、パニック一つ起こさずに、地震の後に建物の外に非難し、そのまま解散としました。
その後、移動手段を失いましたが、ありがたいことに北上在住の友人と連絡が取れて一晩泊めてもらうことができ、盛岡まで送ってもらいました。その友人がいなかったら、私は今でも北上から動けなかったかもしれません。本当にありがたいことです。

盛岡に帰ってきて、昨晩には停電も復旧し、ライフラインは何とか回復しています。しかしながら、岩手の沿岸地域は壊滅的な状況です。私のクライアントさんも沿岸にお住まいの方がいて、今でも安否がわからない方も・・・。先月は大槌高校に行きましたが、大槌町は、町長さんも行方不明だとか・・・。大槌高校のみんなは無事だろうか・・・。大船渡病院にも研修にいきましたが、そのときお会いした看護師さんたちは・・・。生き残った方々は、避難所で必死の看護をしているのかもしれません。

そんなことを考えていると、涙が止まらなくなります。でも、泣いている場合ではない。今の自分にできるベストは・・・?

ひとまず、無事をお知らせいたします。
盛岡でさえ食糧やガソリンが不足していて、この先どうなるかわかりませんが、地域の人たちと力を合わせて頑張りたいと思います。

Powered by ニンジャブログ
Copyright (c) コーチの徒然草 All Rights Reserved
/